読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

さよならいいこ

私は私だもの

スポンサーリンク

アダルトチルドレン、母親に会う

  アダルトチルドレン(Adult Children)とは、「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ」という考え方、現象、または人のことを指す。頭文字を取り、単にACともいう。

アダルトチルドレン - Wikipedia

 

この概念を知ったときは目から鱗だった。

同時に挙げられる特徴のほとんどが自分に該当し、愕然とした。

 

むしろこの半ば病的ともとれる概念を抱えていること以外、

自分の個性や特徴などないような気がした。

 

辛いとき、いつも母親に相談しては、愚痴を言うなと叱り飛ばされていた。

母親が怒るから、私が悪いと信じていた。

 

 

あるときパリンと、「母親」という今まで命を懸けて守ってきた幻想が崩れ、恨み辛みと生きる意味のない毎日と価値のない抜け殻の自分が残った。

 

4年前の夏だった。

 

 

 

 

あの日何があって自分をアダルトチルドレンと定義づけたかなんて、

思い返して人に伝わるよう説明するのは今でも抵抗がある。

 

ただとにかく言えるのは、先日遠くから母親が私に会いに来た。

 

実に1年ぶりだった。

理由をつけて会わないこともできたが、

いつもなんとなく会ってしまっては後悔をする、

そんなことを繰り返していた。

 

そして今回も例外なく承諾し、ちょっといいお店で食事を共にしたのである。

 

 

もともとお喋りだからか、

久しぶりだからか、

寂しいからか、

母親は実によく喋った。

 

彼女に合いの手を打つことには慣れていた。

皮肉にもそれは懐かしかった。

 

試しに一言、二言自分の言葉を出して、

相変わらずそれが伝わらないことを確認して、

それに対して何を思うでもなく、ただ結果として捉えていた。

 

相変わらず喋る母親に相槌を打ちながら、

昔はここで落ち込んだり憤ったりしていたな、

とぼんやり考えていた。

 

あの日の私は全てにおいて、物事を良いか悪いかで捉えていた。

 

母親のこと、

父親のこと、

自分の在り方、

全てにおいて、良いか悪いかでとらえていた。

 

いろんなことが許せなかった。

自分のことは、一番許せなかった。

 

相手の立場など気遣う余裕のない自分を嘆き、

自殺者を、成すべきことを全うした偉人のように感じ、

死にきれない自分を責めた。 

 

 

 

そんなことを思い出している間に、

私が試しに発した一言二言は、

気づけば母親の大声に化けていた。

 

 

「精神病もその薬も、医者に踊らされた嘘。」

そんなようなことを繰り返し大声で話していた。

 

 

事の発端である私の言動についてだが、

何度も「正社員、自立を当たり前」と掲げる母親に対して、

それは当たり前ではないと言っただけのつもりだった。

 

私の脳裏には、体や心を壊して仕事ができなくて、

そんな自分を殊の外責め不安になっている、

優しく真面目な友人たちがよぎっていた。

 

だから母親には賛同できなかった。

 

そうこうしている間に、

彼女の話題は私の精神病歴と自殺未遂の有無とそのすべてにおける否定へと移っていた。

店中の目が私たち親子に向いているように感じた。

 

心の片隅に、

憤って突っかかるあの日の自分を感じながら、

私はただあきれていた。

 

「そういうことは、あまり誰にでも言うものじゃないよ。」

 

まるで他人かのような月並みの言葉で、

そうゆっくりとたしなめた。

 

母親は、自分はそんなことをしない、あなたにだから言う、あなたにだから、あなたにだから、あなたにだから、

あなたにだから、

あなたにだから、

 

まあ己の正当性を主張しているようだった。

いつものことだった。

娘である私のことを理解者と思っていると言っていた。

そんな時代が実際長かったし、今でもたぶん理解はしている。

そして同時にあきれてもいる。

 

 

 

素敵なお店だった。

ごはんもおいしかった。

普段ひとりではできない贅沢をさせてもらった。

 

「お店の人も感じよかったね。」

母親が言った。

 

「うん。」

と答えた。

 

答えながら、店中の視線が私たち親子に向いていた、

あの瞬間を思い出していた。

 

「またうちにもきなよ。」

母親が言った。

 

「うん。」

と答えた。

 

 

 すっかり暗くなった道を歩く。

 

 

 

それから少しして、別れ際に母親が言った。

 

「本当に辛いときは頼ってね。親として、辛いときに言ってもらえないのが一番辛い。」

 

 

 

「うん。」

と答えた。

 

答えながら、店で病歴を露呈した大声を思い出していた。

 

 

 

弁明も反論も、過去に幾度も繰り返した。

全ては無かったことにされ、

私は幾度となく自分の勇気を後悔した。

 

 

 

 

母親はいつも私を心配してくれる。

ご飯を奢ってくれた。

手作りの料理を持ってきてくれた。

商品券をくれた。

誕生日のお祝いメールは欠かしたことがなかった。

 

 

 

私は嘘をついて淡々とその場を丸く収める大人になり、

家族には平穏が訪れ、

溝は決定的なものとなった。

 

 

良いか悪いかなどと判決を下すことに意味はなく、

全てはただそこにある事実なのである。

 

あの日を振り返って、ただそう思う。