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さよならいいこ

私は私だもの

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気を配ったり使ったりするのはやめた

こころ

京都にいたころは空気を読み気を配っていた

京都ってとくにそういう街です。

暗黙の了解が多く、序列に厳しく、評価はシビアです。

 

会社でも極力余計なことは言わず、役員が求めるような行動をしてきました。

(その反動でブログを始めた結果こうなりましたw)

 

趣味の飲み会でも、私が仲間の中では一番年下の人間だったので、奢っていただくことが多い分、先輩を立てるように、恥をかかせないようにしてきました。

誰よりお酌のタイミングもよく見ようと努めていました。

 

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なぜ東京に来てからやめたのか

シェアハウスにしろ旅行先のゲストハウスにしろ、それ以前に出会ってきた人々にしろ、私が魅力を感じるのはいつも自然体の人でした。

 

世の中人に対して「こうあるべき。」が強すぎる人がまだまだ多いです。

たくさんの義務感を原動力に動いて、疲れて、人や世間に見返りを求めているように感じます。

 

たとえば、接客業は 笑顔でなくちゃ。

笑顔から、そういう強迫観念すら覚えるのです。

 

でもゲストハウスの人のおもてなしは、すごく自然で開放的な笑顔でした。

だからものすごくほっとできました。

その場所自体が空気が明るくなっている気がして、私もそういう人間になりたいと思えました。

 

自然体の人は仮に笑顔じゃなくたって、「そういう人なんだ。」っていう安心感があります。

無理に笑う人より気を許せます。

 

そういう人同士が集まって、本当に気の合う仲間を見つけている空間をたくさん見てきて、

 

「ああ、気を使わないのが一番の近道なんだな。」

 

って思いました。

 

それ以来私は、仕事でお金をいただいたりしない限りは、プライベートでは気なんて使わなくていいやって考えています。

 

それで「これだからとれいCは。」なんて心の底から思われるなら、べつにそんな人、私の人生にいらないです。

 

さよなら~。