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さよならいいこ

私は私だもの

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「裏切られた」って言葉が嫌い

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「裏切られたーーー!!!」

 

たぶん、高校時代私が耳にした言葉No.1です。父親が不倫をしたとき母親が半狂乱になり、この言葉を連呼する金切り声マシンと化していました。

 

当時はそんな母親を見て、

 

「父親はなんて悪い奴なんだ、大嫌いだ。」

 

と思ったものだけれども、今振り返ってみると母親も大概だと思います。あのとき母親はひとしきり泣き叫んだあとに、真っ赤な目で毎日私にこう尋ねるのでした。

 

「ねぇ、お母さんどうしたらいい?」

 

何度も何度もきくものだから、私は呆然とした足りない頭で精一杯言葉を探して、やっとのことで返事を返すのでした。

 

「期待しなければ、いいんじゃないかな。期待するから、裏切られるんだよ。」

 

母親はそのとき不思議な顔をして、とりあえず納得したのか問いをやめて、けれど次の日には忘れてしまって、毎日同じやり取りが繰り返されるのでした。

 

「期待するから裏切られる。だから他人に期待しないようにしよう。」

 

それ以来、徐々にこれは私の信条となりました。他人は他人と割り切ることで、すぐに切り捨てて自分を守れるように。それがいびつとわかっていながら、円満に生きるための決定的な何かが足りていない自分にはこうするより他なかったのでした。

 

今になって思うことは、愛した人が自分に不都合なことをしたとき、相手ばかりが悪いなんてことはありえないということです。正確には、他人を悪いと言っても何も始まらないので自分の反省点を探すといったところでしょうか。

 

勝手に自ら積極的に期待しておきながら、不都合が起きた瞬間に「裏切られた」と受け身の被害者面では見苦しいです。「裏切られた」と騒ぐ人間に、愛だの信頼だの語る資格はありません。

 

一緒に笑って一緒に泣けるような、そんな人生を誰かと送りたいなぁ。