読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

さよならいいこ

私は私だもの

スポンサーリンク

ずっと子どもで、母になる

旅・人・故郷

同い年の幼馴染が先日無事出産を終えました。

 

彼女の妊娠を知ったのは去年の夏頃、同じ地域の幼馴染10人ほどでちょっとした同窓会を開いたときでした。

彼女はほんの2年前に結婚したばかりだったから、あまりのスピードに驚いたけれど、

 

「ほんとはまだ授かるつもりじゃなかったんだけどね~、できちゃった!」

 

などと大胆なことをあっけらかんと言うところも、相変わらずだなと思いました。

 

f:id:sakenominimal:20160127205041j:plain

 

 

彼女が実母に妊娠を報告したときは、意外なことに喜ぶというより、

 

「・・・ふぅん。」

 

という反応だったそうです。そして私はその反応から、

 

「お母さまはうっかりできちゃったことを見抜いているのだろうな。」

 

と察することができる程度には、親子そろって長い付き合いなのでした。

 

 

大人ってなんだろう

彼女と幼稚園に通っていたころ、私たちにとって親は絶対的な大人でした。

正しいことと悪いことをしっかりと知っている、揺るぎない存在に見えました。

 

そしていま彼女は「母」という、かつて私たちが絶対的で揺るぎないと思っていたその存在になったのです。

けれど私に見える彼女の姿は、相変わらずどこか抜けていて、よくも悪くも愛嬌で乗り切ってしまい、親やら義母義父やら近所のおばあちゃんに頼りきりなのです。

 

彼女はこれからもみんなに愛されて、支えられながら子育てをしていくことでしょう。

本人が少々頼りなくても、それでいいんです。

良い親なんて無理に目指さなくたって、彼女はすでに良い子なのです。

 

一方その同級生である私は結婚はおろか、軽く地元のスナフキン状態でなかなか帰らず定職にもつかずフラフラしています。

 

「大人なんてたいしたことない」と知ることが、もしかしたら大人なのかもしれません。