さよならいいこ

私は私だもの

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とあるチャリダーの物語

高校三年生

みんなが当たり前に受験に向けて勉強を始めるころ、少年は進路に疑問を持ちました。

大学には興味があったけれどそれより留学がしたくて、けれどやっぱりそれには母国である日本のことをよく知っていないと恥ではないかと、そう考えたのです。

少年は物事を深く考えがちで、人より実直なのでした。

 

「もっと日本をよく知ろう。」

 

ひとたびそう思えば、卒業後には日本一周のため自転車で旅立っていたのでした。

平和な家庭で愛されて育った彼だけれども、とくに家族に反対されることもありませんでした。

少年一家は代々みんな変わり者で、ある日突然やりたいことを極めだすことはそう珍しいことではなかったのです。

 

 

駆け出しチャリダー時代

しかし自転車で日本を渡るのは簡単なことではありませんでした。

一日に進める距離は、国の大きさからすればほんの少しでした。

少年は野宿と宿泊を繰り返しながら、とにかく日々走って走って走りました。

心にはいつも、自分で道を決めた責任感がどっしりとのしかかっていました。

 

「絶対にやり遂げよう。」

 

その一心で、毎日毎日走っていました。

そんなある日、ゲストハウスで一息ついた夜のことでした。

 

 

 

 

「そんなに急いで、君はなんのために日本を一周してるんだい?」

 

 

 

 

宿泊客にそう言われたとき少年はハッとして、まるでガツンと頭を殴られたような衝撃を受けました。

なんのためか。それはもちろん、もっと日本をよく知るためです。

しかし実際に少年がやっていることはどうでしょう。

気づけば毎日走ることばかりに気がいってしまって、

 

景色も、風土も、人の流れも、

日本のことなんて、いつしか何ひとつ知ろうともしなくなっていたのです。

 

旅先で出会った赤の他人が、自分が見失っていたことを遠慮なく指摘してくれた。

それは少年にとってとてもありがたく、その後一生忘れない一言となりました。

それ以来少年はたとえお金がかかっても、ひとつの街に長く滞在するようになりました。

現地でアルバイトをすることもしばしばで、けれどそうやって土地の風土を肌で感じることができたのでした。

 

それから三年

私が初めて少年に出会ったとき、彼はすでに21歳になっていました。

日本各地の歴史や特徴にものすごく詳しい人でした。

偶然同じゲストハウスに泊まっただけなのに妙に意気投合し、次の日の朝も早いのに一晩中リビングでいろいろなことを語りつくしていました。

上記のことはすべて、そのときに本人からきいた話です。

そしてこの日のことは私にとって、非常に不思議で鮮烈な記憶となりました。

ゲストハウスであそこまで深い話ができようとは思っていなかったのです。

 

山でくまに会うよりも、人間の方がこわいと言っていたこと。

珍しく本音で話せてうれしいと言ってくれたこと。

 

あれからずいぶんと時間が経って、私が書いたことももしかしたらうろ憶えの脚色かもしれなくて、彼は今どこで何をしているでしょうか。

本来SNSで簡単に繋がれるはずのこの時代に、お互いそういうことは苦手だったのです。*1

けれどもそれでいいのです。

 

名前はちゃんと、覚えてるから。

 

 

*1:私はfacebookをやっていないし、彼はtwitterをやっていませんでした。