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私がブログを書く理由

今週のお題「私がブログを書く理由」

 

ブロガーというには随分と筆不精になって久しいけれど、ここ数日急に更新が増えたのにはそれなりに理由があったりします。

一週間ほど北海道に旅行に行っていて、広大な土地でパソコンひとつないとさすがにブログが恋しくなってくるという天邪鬼な理由もおおいにあるのですが、それだけではなく。

 

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最近あまり書く理由がなかった

前置きとして言ってしまうと、自分の愚痴のためにブログを立ち上げて一年経った私には、もう自分のことなどすべて解決してしまったのでブログを更新する理由が全くありません。

普通にブログ断捨離まで考えていたぐらいです。

 

sakenominimal.hatenablog.com

 

それなら自分以外のためでしょうか?

よくブログで言われることで、アクセス数を上げるために

 

  • 読者目線で
  • 誰かのためを想って

 

というポイントがあるのだけれども。

そりゃあブログを始めたばかりのころは、それを追ってみるのが楽しかったけれども。

あるときふと我に返るのです。

 

「読者」って誰よ。

「誰か」って誰よ。

 

具体的に絞るとして、総称するとその人たちは「ターゲット」なの?

 

・・・まあ私、実力もないのに考えすぎなんでしょうけれども(^^;)

どうも私にとって、「アクセス数」という名のネットを介してかろうじて数字としてわかる見えない誰かは、自分の原動力としてはあまりに希薄過ぎるのです。

 

そりゃあ多少お金は入るけれども、 お金=想い とは限らないし、そうだとしたら手間の割にそんなに儲からない、それが大半の凡庸なるブロガーの実態なのです。

 

・・・とは言いつつ自分が勧めた商品を誰かが買ってくれたりすると嬉しいもので、報告なんかくれるともっと嬉しいもので、そういうとき「やっててよかった」と思うのはまごうことなき事実です。

やっぱりそこに「想い」を感じるのが嬉しい。

(不特定多数が見るネットのブログで小さな想いにこだわってしまっている私はつくづくブログに向いていないとも思う。)

 

 

自分が知りうる届いてほしい誰かのために

正直今の私には、会ったこともない「読者・誰か・ターゲット」のことなど想像もつかないし、そんな実態のない人のために自分の言葉を伝える意味があるのかもよくわからないのだけれども。

 

ある日、死ぬか生きるかの瀬戸際の友達が言ったのです。

 

「あなたのブログは、どの記事も文体がとれいCってわかるから、見てて楽しい。」

 

と。こんな統一性のない一年で考えてることが変わりすぎブログのどこが楽しいのかというのが私の自己評価ではありますが、そう言ってくれたことが嬉しかった。

 

もちろんその子は、たくさんの人の気持ちを汲み取りすぎて苦しくなるタイプなので、私へのただのおべんちゃらかもしれません。

けれどそれが本当か嘘かは私にはどうでもいいのです。

 

そう言ってくれたから、自分ができることはやろうという、ただそれだけなのです。

 

彼女が生きたところで、彼女の明日が急に明るくなるわけではない。

死んだらそれでおしまいというだけの話で。

 

そんな中で、こんなくだらない文章でもしかしたら少し楽しんでくれるかもしれないなら、とりあえず書いておこうと。

実際に見ているか見ていないかはどうでもいいのです。

私がやれることをやっておきたいのです。

 

そして私が今こう考えているということを、

 

故郷の友達に、

かつての旧友に、

ネットや旅先で出会った人々に、

 

そんなに数はいないかもしれないけど、

もう飽きちゃって見ていないかもしれないけれど、

 

届けばいいなって思って書いています。

 

 

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