さよならいいこ

私は私だもの

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努力の方向性を全力で間違える人々

これはものの例えの話なんだけれども。

 

「泳げるようになりたい!」

 

って言って、突然フラダンススクールに通い始めるじゃん。

それで全力でがんばるから、フラダンスはうまくなるんだよね。

でもある日言うんですよ。

 

「はあ。こんなに努力してるのに全然泳げない。私って才能ないのかな。ないにしてももうちょっと進歩してもいいのに・・・。」

 

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なんでやねーーーん!!!

 

って大阪人でもないのにツッコミたくなりますよ私は。

 

で、相変わらず本人はブルーな面持ちのまま、やたら腰の動きだけキレッキレになってくんですよね。フラダンスがんばってるから。

それで、発表会とかで踊って周りがほめるじゃん?

そうするとさ、

 

「自分がほめてほしいのはダンスじゃないのに・・・ほんとの自分は水泳ができるようになりたいのに・・・。」

 

と謎の葛藤を始める。

 

いや、水泳習おうよ。みたいな。

 

私も仲がよかったりすると多少は水泳教室へ通うことを提案するけれど、本人は青筋立てたままフラダンスに夢中で思い込みが激しいから。

あんまりしつこく言っても悪いしね。

 

・・・と、ここまでものの例えで話したけれど、現実は水泳やフラダンスのようにわかりやすくなくて、自分が精神的水泳をしているのか精神的フラダンスをしているのかっていう判断は、本人には難しいんだろうね。

 

それで、周りの言うことなんて聞こえないくらいに、休むなんて考えられないくらいに目の前のことにまい進することを世の中は「がんばる」って言うんだろうし、それは「いいこと」と捉えられるんでしょうね。

 

なんだかなー。

 

 

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