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さよならいいこ

私は私だもの

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やたらと人を助けたがる人ほど、本当は自分が助けてほしいのかなって

こころ

知り合いが最近、自分の本心ともっと向き合いたいと言っている。

気も効くし素敵な彼女、ただ本心だけが見えづらくてとっつきづらいと思っていたので、私は彼女のこの気持ちがとても良いことだと思って、応援したくなった。

でもちょっと不思議なことがある。

 

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人の話を聞いて勇気づける仕事を始めたいと言い出したのである。

確かに聞き上手で機転も効く彼女にならできるだろうと思うけれども・・・

 

人の話きく仕事って、本心出せなくない?

 

本心が出せない理由

何も彼女が嘘のアドバイスをするというのではなく、話を引き出すにはそれなりに、冗長で退屈で結論の見えきったことに対して神妙に頷く間がどうしてもいる。

そして辛辣な言いたいことの大半を飲み込んで、相手が受け入れられそうな、言ったら喜びそうなことだけを選んで言わないと、なかなか仕事として良い評価は得づらいように思う。

 

だから自分の本心すら向き合うことに一苦労している段階の人間がやる仕事としては、少しお金以上に失うものが大きいように見えるのだ。

そういうことはもっと自分が落ち着いてからやった方がいい。

 

やたらと人を助けたがる人ほど、本当は自分が助けてほしいのかなって

いつまで経っても助からないほど深い闇にいたとしても、自分を助けられるのは自分だけだから、しきりに人を助けてもどうしようもない。

自分を助けることに専念した方がいい。

 

sakenominimal.hatenablog.com

 

つまり、本心と向き合いたいのに回り道してどうすんの? と思ってしまうのである。

 

でも回り道こそが人間らしいのかもしれない

身の回りで聞く悩みや葛藤はなぜか最近私にとっては分かりきったようなことが多く、「もう聞き飽きたそのパターン」みたいなことが多い。

飽きてきたせいで本人の情緒的なことを考慮せず結論だけスパンと出して、目先のことが目的のための手段として的外れだと「意味がない」と勝手に思ってしまうのは私の悪い癖かもしれない。

 

回り道して、空回りして、

 

「本心と向き合いたいのに人の世話ばかり焼いて何やってるんだろう。」

 

と本人が自分で気づいてこそ、初めて私の出した結論は意味を成すのかもしれない。

あるいは私の結論はあくまで私だけのもので、彼女にとってはなんやかんやそうやって自分とは向き合わないことが良い生き方である場合もあるかもしれない。

 

そう思って、今は彼女には「応援してる」とだけ伝えることにした。

こんなこと書いてる私が実は一番何か不毛な答えを探しているのかもしれないし、自分もハンパなままうっかり人助けなんておこがましいこと考えないように、肝に命じようと思った。