さよならいいこ

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応援はこれからではなく過去に向かってするもの

最近友達が新しい夢に向かって走り出しました。

自己評価が低く遠慮ばかりでいつも何かを恐れていた彼女が、人に向かって「自分の夢のためにカンパしてください」とまで言えるようになりました。

 

それが嬉しくて、応援したくて私もカンパをしました。

 

応援とはなんだろうとよく考えます。

私も一応曲がりなりにもブロガーとして発信している以上、ありがたいことにたまにそんな言葉をかけてくれる人もいるのです。

 

けれど時に思うことがあります。

熱烈に応援してくれる人ほど期待に沿えなかった瞬間に過度に怒りを露にします。

AKBとかではおそらくよく見かける光景です。

「ファンの期待を裏切った」というやつでしょう。

 

 

過去にも書いていますが、私は「裏切られた」という言葉が嫌いです。

 

sakenominimal.hatenablog.com

 

何か、自分は他人に対して無責任に期待しておきながら相手には責任を求めているかんじがどうにも受け付けないのです。

 

お金を払えば期待に応えるのは当たり前ですか?

私はそういうお金の使い方はあまり好きではありません。

物々交換とはわけがちがうのです。

 

私は誰かを応援するときは、その人のこれからではなく過去に向かってお金やら心を支払おうと思っています。

 

「ここまでワクワクさせてくれて、夢を見させてくれてありがとう」という、結果に対しての報酬です。報酬って言うとなんか横柄で上から目線ですが。そもそも「応援」という概念が割と上から目線とも思いますし。

 

どんな分野でも「応援してやってるのに」とかいうファンは最悪だよねだから。

応援させてもらってるんだよ。自分は何も努力していないのにちょっとお金や心を配っただけでいいことした気分になれる高みの見物の立場に居させてもらってるの。

これからに期待はしても、それは叶って当然ではない。

「期待」という感情や高揚感を持たせてもらう、それだけでそれは立派なエンタメであり、その時点で十分に価値をもらっているのです。叶わないからと言ってブツクサ言うのはお門違いで高慢でカッコ悪い。

 

そういう気持ちを忘れないように生きていきたいと思います。