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どうしても日本で子育てしたくない

私も適齢期なので、人生で子どもを産むか産まざるかを最近よく考える。

親になった自分を想定するのだ。

 

すると、どうしても今の日本で子育てはしたくない。

義務教育で避けては通れない学校の不手際で熱中症で子どもが亡くなるなんて、恐ろしくて通わせられない。他にもいじめのリスクだってあるし、死ななくたって学校制度には誰が得をするのかわからない人生の落とし穴がたくさんある。

 

しかしなんでも環境のせいにするのはよくないのかもしれないと思い直し、なんとかこの国でやっていく方法を考えてみる。

 

そう、たとえば日本で親になったとしても、あまりにも暑い日は学校に「NO」と言えば子どもを守ることもできるかもしれない。ただいちいちエネルギーを使うし、たとえ親が行かせたくなくてもね。子どもが「友達が暑い中頑張っているのに自分だけ行かないなんて」という気持ちを持ったら? そのせいで学校に行きづらくなって生きづらくなったら?

 

親にとっては子どもの命より大切なものはないかもしれない。けれども子どもにとっては目の前の環境が何より大事なんてのはそう珍しい話でもない。さながら赤紙招集のような気分で子を見送るしかないのだろうか。「おめでとうございます!」と入学案内が来るのだろうか。

はたまた命を守るために子どもの意志を潰してでも学校を休ませたとして、その後そのせいで起きるさまざまな我が子の人生の影響すべてに私は責任を負えるのだろうか。

 

 

この記事のタイトルでは「日本で子育てしたくない」と書いているけれど、厳密には少し違う。

本当は多少の欠点ぐらいならどうにかしてなんとか日本で子育てしたい。

けれどもどうしても、子どもが熱中症で亡くなっている間に老人が年金をもらいながら老人割引を駆使して悠々と市営の室内プールを楽しんでいるような国では子育てしたくないのだ。

 

なんでこんな比較をするかって、小学一年生の子が熱中症で亡くなった日、私はちょうど高齢者割引でやってきた多くのお年寄りたちに囲まれて市営プールで泳いでいたのだ。

 

そしてこれは、タイの洞窟に閉じ込められた子どもたちが無事に帰ってきてから間もない日の出来事でもある。

 

何日も洞窟に閉じ込められても助かるタイ。

学校に行くだけで死ぬ日本。

 

しかも日本では、子どもたちがなんとか熱中症や理不尽などをクリアして大人になっても、年寄りを支えるための重税に苦しむ未来を生きる羽目になることがわかりきっている。

 

ねえ、どうすれば安心して日本で子育てができるの?

日本で子育てを頑張っている私の友達とその家族はどうして辛い思いをしなければならないの?

 

このご時世に産むのがいけないの?

子育てって金持ちの道楽で自己責任なの?

子どもを産んで育てることはそんなにも責められるべきことなの?

 

ねえどうすれば子どもを日本で安心して育てられるの?

 

投票しても投票しても政治は変わらない。