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さよならいいこ

私は私だもの

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道端のミッキー

最近うちの近所にミッキーがいます。

いや、厳密にはミッキーの恰好をした怪しげなねずみの着ぐるみがいます。

どうやらどこかの企業イベントの盛り上げ役といったところのようです。

しかし人通りが多いわけでも少ないわけでもない、なんとも微妙な場所にヤツはいます。

だからきぐるみはいつも暇そうにキョロキョロと誰か来ないか探しています。

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ただやはり、着ぐるみの中の人も突如微妙な場所に配置されて戸惑っているのでしょう。

私がバイトへ向かう途中に前を通ると、遠慮がちに視界に入り込むようなジェスチャーをしますが、私も一人で着ぐるみに向かって大げさな反応をするような年でもないので、これまた微妙に「お疲れさまです」と頭を下げるぐらいしかできないのです。

この前夜に帰って来たときなんて、人気のない夜道で会社帰りのOLに「こんばんは!」とでも言いたげなジェスチャーをしており、かわいそうなことに暗がりから現れた不審者のような空気が漂っていました。

 

しかしある日の朝いつもの道を通ると、着ぐるみの前には親子がいました。

男の子は風船をもらって嬉しそうです。

表情が見えないはずの着ぐるみも、私にはなんだか嬉しそうに見えました。

 

「せっかくだから写真でも撮ってもらおうか!」

 

男の子のお父さんが言います。

 

「はい、ぜひ一緒に撮ってくださいね!」

 

喋れない着ぐるみに代わって付き添いのお姉さんがそう答えました。

次に男の子の声が聞こえます。

 

「ううん、それはべつに大丈夫!」

 

 

 

その場に居た大人全員、笑顔のまま固まりました。

関係ないはずの私まで固まりました。

子どもとは好奇心旺盛で着ぐるみ大好きで写真にも素直に応じるものという、そういう先入観があったのです。

それがどうでしょう、実際は風船をもらって楽しくても写真まではべつにいいかなと、あどけない見た目とは裏腹に冷静にそういう判断をしていたのです。

そしてよく考えれば、大人と同じ空気に流れて写真を撮るより、自分で考えて自分の意見をはっきり言える方がよほど素直で素敵なことかもしれません。

 

私は子ども相手に勝手にたかをくくり、勝手にそれを恥じたわけです。

そして「着ぐるみはつらいよ」と思いつつ、男の子には大人になっても興味のないことには「ううん、それはべつに大丈夫!」と元気に言える彼のままであってほしいなと、そんなことを思ったのでした。