さよならいいこ

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思いやり断捨離

人を思いやることにすっかり疲れました。

世の中にはとにかくたくさんの人が居て、その全部を思いやっていたら自分を思いやる時間がなくなってしまうのです。

 

だって究極「私は幸せ」と書くだけで不幸な人に刺さったり、世の中そんなもんなわけで。生きるって自分のために人を切り捨てることだなって思います。

「私を殺す世界を殺せ」がモットーです。

 

じゃあせめて身近な人だけ誠心誠意思いやればよいではないかと思っても、実際やってみると結局自分なりに思いやっているだけではダメだなという結論に至りました。

 

相手が何に対して愛情や思いやりを感じるかをごちゃごちゃ言わずよく洞察した上で、それに届く行動を積み重ねるという行為でしか基本思いやりは届かないのです。

 

でもなんかそれ、行き着くところはただのサービス営業じゃん。

 

そう思う私はきっと本当に、もとからてんで思いやりというものを持ち合わせていないのです。接客業がお客様に感動を与えたがるたび、感動の行き着く先は「当たり前」であり期待値の上昇でありつまりそれは未来のクレームであると本気で思っている人間です。

 

ただ自分が好きだと思った人がそれを私に求めるのなら、期待に答えたかったなと、無理に気遣って夢を見せたところで、私は本当は思いやりなど持ち合わせていない人間で、いつかきっとそれはバレるのです。

 

だから私に思いやりを求めた人は結局悲しむのです。

どれだけ悲しい顔をさせたくないと思ったところで私に思いやりはなくて、ないものはどう頑張っても出せないのです。

 

だから最近は期待値の低い人同士で付き合うのが居心地が良いです。

求め合わない人生はさみしいですか?

寂しいからそもそも求め合うのだもの、ならせめてできるだけ長く求めて寂しい時間を減らせるように、期待値を下げて独りよがりな自分の定義で与え合おうよ。

 

それでときどき笑ってくれたらそれは嬉しい。

たとえその笑顔が、私になんの期待もしていないからこそもたらされたものであったとしても、強い思いから来る愛ゆえの悲しい顔より、自分のことしか考えていない独りよがりな笑顔に私は癒されたりするのです。